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エルベ川の対岸から見たアルブレヒツブルク城(マイセン)
      歴史上の重要な場面で舞台となった主なき城
エルベ川に沿う高台にそびえるこのマイセンの城アルブレヒツブルク城は守りの堅固な城砦としての機能も備えており、居城(Schloss)としてはドイツの建築史上でも最初のものとされる。紀元926年に最初の礎が敷かれ、その後1489年に現在の形で一応の完成をみたもので、後期ゴチック様式の美しい城として知られる。
とはいえ、この城は本来の目的である王侯の居城として使用されることは現在に至るまで一度もなかった。
しかしながら、ザクセンの歴史においては少なくとも3つの点で歴史上重大な役割を果たしてきた注目すべき城である。それは、①ザクセン王国の起点であったこと、②ザクセン繁栄の源泉ともなったマイセン磁器の最初の工房が置かれていた場所であること、および、③東西ドイツ統合後、現在のザクセン自由州の成立が宣言された場所であること、の3つである。
 アルブレヒツブルクの城門

<城 門>
歴 史
紀元919年、東フランク王国(ドイツ)の国王に選ばれたハインリヒI世が、ドイツの実質的統一を果たした後、東方からのマジャール人の侵攻に対抗して王国東部のスラブ人地域(現在のザクセン等)に進出した。ハインリヒI世は支配地を拡大しつつ、各地に「辺境地(Mark)」を設けていったが、その過程で、926年エルベ川の南に立つ高台に砦を建設、これを近くの川にちなんで"Misni"と名づけた。これがMeissen(マイセン)の起源である。
マイセン辺境地は戦略的にも重要な地位を占めたが、それだけに10世紀後半から11世紀にかけてたび
たびボヘミアやポーランドの襲撃を受け、マイセンの要塞は争奪が繰り返されたが、1031年、マイセン辺境地は最終的にドイツの支配下に置かれた。
1089年にはハインリヒI世フォン・アイレンブルクがヴェティン(Wettin)一族最初のマイセン辺境伯に任じられ、以後829年にわたる辺境伯、選帝侯そして国王へと発展するWettin家興隆の道を開く。
旧東独時代の1952年、ザクセン州は解体されたが、東西ドイツの統合後の1990年10月3日、新たなザクセン州が発足するに当たって、その式典がこのアルプレヒツブルクで開催されたことには、前述したような、ザクセン州の起源という歴史的背景があったわけである。
マイセン・アルブレヒツブルク、皇帝から受封するエルンストとアルプレヒト 

<神聖ローマ帝国皇帝から受封するエルンスト・
アルプレヒト兄弟>
現在の城
15世紀、ヴェティン家の選帝侯エルンストと大公アルプレヒトの両兄弟が、帝国から管理をゆだねられたチューリンゲンおよびザクセンにまたがる広大な領地を二人で協力して統治することを約束した。二人はこの約束に沿って、城の立つ高台に政庁と居城を兼ねた城を共同で建設することを決定。
1470年、名声の高いアルノルト・フォン・ヴェストファーレン に建設を委ねた。
マイセンに辺境地を拓いたハインリヒ一世の像

<ハインリヒI世像> 
城はフォン・ヴェストファーレンの死後1489年に後期ゴチック様式で、ドイツでも初めての本格的宮殿(Schloss)として現在のような形で一応の完成をみたしかし、エルンスト、アルプレヒト兄弟は城の完成を待つことなく仲たがいし、それぞれヴィッテンベルクおよびドレスデンに拠点を移しており、マイセンの城はその後現在に至るまで宮廷として使われることはなかった。
 
時は下って18世紀の初め、金(きん)を作ることがでいると言う触れ込みでベルリンからつれてこられた香具師ヨハン・フリートリヒ・ベトガーに時の強大選帝侯アウグストが自慢どおり金をつくれと命じた。ドレスデンのカゼマッテ(城壁防御施設)にこもること8年間、ベトガーようやく創り出すのに成功したしたのは磁器であった。金ではなかったとはいえ、当時磁器の希少価値は高く、金と秤にかけられるほどで高価であった。1710年強大侯アウグストは磁器の発明を公表する一方で、ベトガーにこのマイセンの城アルプレヒツブルクで磁器の製作を続けるよう命じた。いまや貴重な存在となったベトガーが誘拐されたり、高価* マイセン・アルブレヒツブルク、ベトガーとアウグスト強王

<アウグスト強王にできばえを見せるベトガー>
  (城内壁画・部分)
マイセン・アルブレヒツブルク、天井の形が美しい城内の広間

<独特の穹窿(きゅうりゅう=アーチを組み合わせた形の
 天井)を持った城内の広間>(正面は礼拝堂)
*な材 料や製品が盗まれたりするのを防ぐには、セキュリティーを確保しやすいこの城は最適だったわけである。
こうしてアルプレヒツブルク城は1863年に現在のマ
イセン磁器工場が建設されるまでの153年間にわたってヨーロッパ最初の磁器工房としてザクセンの富を生み出していたのである。

   
   -- ドレスデン情報ファイル 2005.05.15 --