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エルベ川対岸からみたピルニッツ宮殿
    いまだ見ざる東洋への夢を描いた
ドレスデン旧市街に沿う船着場から蒸気遊覧船でエルベ川をさかのぼって約1時間半。途中、川から見える高台の古城や高級住宅地の眺めを楽しむことができる。車や自転車の場合は対岸のKleinzschachwitzからフェリーで渡るのもよい。

ピルニッツ宮殿、東洋の風物を描いた軒

<東洋の風物をあしらった山の宮殿入り口>
歴  史

15世紀はじめにこの地方の領主が館を建て、所有者が変わりながら、次第に拡張されていった。1616年には4棟からなる本格的な宮殿となった。
1694年、アウグスト強王の兄であるJohann Georg 4世が買収、側室のMagdalena Sibylle von Neidschuetzに与える。この二人が1694年天然痘で死亡した後、Friedrich August1世(アウグスト強王)の所有となる。
アウグスト強王はこの城を1706年、やはり側室のコーゼル伯爵夫人に与え、1718年まで同夫人の所有下にあった。※

※当時の建物はルネッサンス風で、現在新宮殿(das Neue Palais)が建っている場所にあった。すでにエルベ川岸への船着場もあり、強王と夫人はこの城や周辺で時を過ごすことが多かったという。アウグスト強王はコーゼル夫人を追放し、城が再び自分のものになると、1720年、城の大幅な増築に着手、大庭園の拡張やワイン畑の教会の建設も行なわれた。当時はヨーロッパではアジアの国々が豊かで、文化・芸術の香り高いところとして伝えられて おり、貴重な陶磁器などが中国や日本からもたらされ、王侯貴族の間にも強い憧れが抱かれていた。アウグスト強王もその代表例ということができ、強王はここに印度様式の宮殿を建てることにした。
ここでも、宮廷建築士Poeppelmannが活躍し、東洋をイメージしながら現在見られる「山の宮殿(Bergpalais)」、「水の宮殿(Wasserpalais)」などを設計建築した。また、城の要所要所には画家たちがまだ見たこともない東洋の風俗を描いていった。 
ピルニッツ宮殿(山の宮殿)

  <山の宮殿>
 ピルニッツ宮殿(水の宮殿)

   <水の宮殿>

当初にあったルネッサンス様式の城は1818年の火災で焼失したが、その場所には建築士Schurichtの手により両側の「山」、[水」両宮殿と一体感を持つ新宮殿が建設され、庭園もいっそうの改善を加えられて現在に至っている。
広大な庭園は市民の憩いの場ともなっており、気候がよくなると週末の人出も多い。日本からもたらされた樹齢230年余といわれる椿の大樹も有名。入場は無料。2005年6月から有料と決定されたが、その後、3月10日の州議会で有料化を延期。

 
正面から見たピルニッツ新宮殿。向かって左側に山の宮殿、右側に水の宮殿がある。

<新宮殿>
 
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   -- ドレスデン情報ファイル 2005.03.13 --